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2011年3月17日木曜日

報告@鬼パパ&鬼ママ登場

@ @@ Japanの場合は? 美里に珍念、鬼パパは東だ~~~ 怖い~~~ あの世から、鬼パパが出た~~~

http://art-random.main.jp/samescale/054-2.html







東由多加
Yutaka Higashi   【「東京キッドブラザース」の主宰者】

(1945.05.12~2000.04.20)
食道ガン--- 牡牛座
  • 劇団「東京キッドブラザース」の主宰者で劇作家、演出家、映画監督。台湾・台北市生まれ。
  • 18歳まで長崎で育つ。早大教育学部を中退後、1967年に故寺山修司、横尾忠則らと演劇実験室「天井桟敷」を結成。「天井桟敷」の初期作品の演出を手掛けた。
  • 1968年(23歳)に退団し、ミュージカル集団「東京キッドブラザース」を旗揚げ。
  • 1970年には「黄金バット」の米公演を成功させるなど人気を誇った。また75年入団の柴田恭兵、三浦浩一らをスターに育てた。
  • 体調の悪化を訴え、国立がんセンターに入院し、末期がんを告知された。その後、内外で治療を受けたが、20日午後8時ごろ豊洲病院で容体が急変し劇団員が見守る中、息を引き取った。
  • 柳美里は16歳で「東京キッド」に入団し、2人は約8年間同棲。その後、別れたが友人関係を続けた。柳は別の男性の子を妊娠したが破局し、その時も東が相談相手となり、9月からは東の自宅で再び同居を始めた。東は柳の長男を「私が一緒に育てていく」と話し、育児を手伝っていたという。柳は余命がわずかと知った3月末から育児と執筆の傍ら、交代で看病してきたが、臨終には立ち会えなかった。
  • 「1970年、東由多加率いる東京キッドブラザースはニューヨークのラ・ママ劇場で「ゴールデンバット」を上演、メディアの絶賛を浴び、一躍時代の寵児になった。〈従来の日本人のイメージを根底から覆した親善大使〉と歓迎された」(1)。
  • もとキッドブラザースの峰のぼる(みねさん)はボクの飲み友達。東由多加と初めて会ったのは南平台の柴田恭兵の家でカードゲームを朝までやったときだった。寡黙な人だった。
    ¶:参考文献・参考サイト:
    (1)読売新聞2006.04.25朝刊「2006文学」(山内則史)より抜粋。
    (2006.05.14更新)





    鬼ママは?



    范 文雀
    Bunjaku Han   【ジュン・サンダース役】

    (1948.04.15~2002.11.05)
    心不全---牡羊座
    • 両親はともに中国人で音楽家。東京生まれの広島育ち。
    • 68年清泉女子大学英文別科卒業後、上智大学外国語学部比較文化学科へ。20歳で上智大学在学中にドラマ「特別機動捜査隊」でデビュー。
    • 個性的な脇役として映画、舞台、テレビで活躍。47歳、岩井俊二監督の「Love Letter」に出演し、中山美穂の母親役を好演。25歳で俳優の寺尾聰と結婚するが、26歳で離婚。
    • 21から22歳にかけて放送された「サインはV」では、主役の岡田可愛と組んで「X攻撃」という強力な技を見せるバレーボール選手、ジュン・サンダース役を演じた。
    • 志半ばで病に倒れる設定が視聴者の関心を集め、助命嘆願が数多く寄せられる人気だった。
    • 「54歳で亡くなった范 文雀さんの補足ですが、女優の余 貴美子(よ きみこ)さんはいとこです」(1)。
    • ボク、岡田可愛より好きでした。
      ¶:参考文献・参考サイト:
      (1)投稿者:伝川正之さん 2006.03.18(Sat) 17:39[1204]

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